どうも、ミツヒコ(@monotolife)です。
ジーンズと聞いて、どこか地名を思い浮かべますか?僕は岡山県倉敷市の児玉ジーンズが一番身近でした。広島県生まれの僕が親近感を覚える距離で、「全国ブランドすごいなぁ」と学生の頃に思っていました。毎日気軽に履けるお手軽ファッション。
ところが、児島ジーンズを含めた日本全国のジーンズを縫うためのデニム生産は、半分以上が僕の地元で作られていたことを知ります。この地域は国内だけでなく、海外有名ブランドへのOEM生産も担っています。
日本?世界?
地元には何もないと思っていた僕が初めて聞いた時の驚き、伝わるだろうか。それが、広島県福山市。デニムの一大産地です。
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始めに書いておくと、僕はデニムに関して素人。どのくらい素人かと言うと、ユニクロのウルトラストレッチジーンズを8年履いているくらい。履き心地はわかるけど、デニムの褪せ方とかビンテージとかはよくわかりません。
そんな僕がなぜこの記事を書くか。それは製造を担う企業に出会い、ファンになったから。
出会ったのは福山市にある「篠原テキスタイル」の篠原さんと「NSG」の名和さん。一本のデニムに関わる多くの会社のことと、込められたこだわりを聞くことができました。
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今回紹介するのは、両社を含めた広島県福山市のデニムに関わる10社が参画した新ブランド「福山ファクトリーギルド:F.F.G」が織りあげたALL Made In FUKUYAMAのデニム『FFG-TP1』。篠原テキスタイルさんより提供いただきました。
探せばどこでも数千円で購入できるジーンズ。
それを敢えて、地元企業が集まって拘り抜いた1本作り上げる面白さ。僕にこのきっかけをくれた「篠原テキスタイル」「NSG」の企業紹介と併せて、見ていってください。
目次:
- デニム=福山市?
- FFG TP-1を眺める
- 深く育つ楽しみ
- さいごに
1. デニム=福山市?
何故、デニム=福山市なのか。いや、そもそもデニムとは何か。
denim生地は、10番手以上のタテ糸をインディゴによって染色し、ヨコ糸を未晒し糸(染色加工をしていない糸)で綾織りにした、素材が綿の厚地織布。生地の裏側に白いヨコ糸が多く出るのが特徴。
Wikipedia参照
インディゴ(藍)によって染められた綾織の生地で、ジーンズの材料と言う認識で良さそう。
デニムの産地となった背景にはストーリーがありました。
江戸時代から綿の栽培や製織、染色が盛んだった福山。江戸時代後期には日本三大絣がすりの一つ「備後絣」が生まれました。ここで培われた厚手生地の織布技術や藍染めなどの染色技術が、デニムの産地として発展する背景になりました
引用:広報ふくやま
ここでキーワードになるのが、「備後絣(びんごがすり)」。
ジャパニーズジーンズの生地:備後絣
福山が備後絣の一大産地となった流れを調べると、わかりやすいサイトがありました。
今から約160年前、1853年に(江戸時代後期)日本の福山市を中心とする備後地域で 「備後絣」が創案されました。 初代福山藩主で1622年福山城を築いた水野勝成公が領内の殖産興業の為木綿の製織・販売を奨励したことに始まり、瀬戸内をのぞむ沿岸一帯は海の埋め立て地だった為、潮風に強い「和綿」が農産物には適しており、和綿作が盛んに行われていきました。それを原料とする綿織産業も農村工業として活発になっていき、庶民の民家では機織りの腕前が若い娘達が嫁入りの条件にもなる時代に、農耕の傍ら夜な夜な織り、そして山陽道の宿場町神辺では、娘達が織った丈夫で安価な織り布がよく売れてゆく。やがて需要が増え1844年~1853年には神辺で木綿問屋を始める者が現れ、「神辺縞または福山縞」と称され、販路は出雲(現在の島根県の一地域)・九州まで拡大していきました。
丈夫で安価で染めの堅牢で実用向き織物として称された備後織物は、1960年(昭和30年代)には年間330万反を出荷。全国の生産量の70%を占める。ジャパニーズジーンズと称された「もんぺ」が全盛期となった、丈夫な織り布はJapanブルー「藍染め」にもあります。
引用:bingo style – 備後絣の歴史
つまり、江戸時代後期に福山藩主が奨励し、福山地域で作られはじめた「備後絣」を生地に使ったもんぺが全国流通したことがきっかけ。
少し話が横に逸れますが、備後絣の製造工程は多岐に渡ります。今では生産数も限られますが、なんだか歴史を感じます。
改めて今、福山=デニム
デニム生産の前身である備後絣が地域に広まったことで、紡績・染色・織布・加工などの工程を担う企業が集積。結果として、福山市の中でジーンズ製造に関わる全ての企業が集まりました。
しかし、そのほとんどの企業は有名ブランドのOEM(相手のブランド名で製品をつくる)業態だったため、福山市の企業名が知られることがありませんでした。
そこで動き出したのが、独自ブランド「fukuyama factory guild : F.F.G」
コンセプトは「100%福山品質のライフタイムデニム」。10年も20年もオーナーと一緒に、いい年を重ねるデニム。そしてギルドとは、中世ヨーロッパの手工業組合。
地域で一つの製品をつくるロマン。これから紹介する2社を含む福山市の10社が、やりたいことを全て詰め込んだデニムです。
- 坂本デニム株式会社(染糸)
- 篠原テキスタイル株式会社(製織)
- 株式会社 四川(加工)
- 株式会社 アシナ(加工)
- 株式会社NSG(縫製)
- 有限会社アルファ企画(刺繍)
- 有限会社サブレ(特殊加工)
- 株式会社一色(資材調達)
- 高橋ネーム株式会社(刺繍)
- 有限会社ホルス(販売)
篠原テキスタイル株式会社
僕がこのデニムに出会うきっかけをくれた篠原テキスタイルは、F.F.Gで生地の製織を担っています。
初めて篠原さんに出会ったのは、瀬戸内ファクトリービューと言う工場見学ツアー。轟轟と機械が動く工場内を回りました。
24時間体制で織り続ける機械を、交代制で見回る生産体制。オーダーごとに糸を変えながらの生産です。
工場横には、まだデニムになる前の糸。
工場見学と併せて、デニムを学ぶワークショップも開かれました。縦糸と横糸の組み合わせで、硬くも軟らかくもなるのがデニム。伸びるか、伸びないか。光沢があるか、ないか。色褪せるか、残るか。
そしてもちろん、縦糸の作り方にも横糸の作り方にもそれぞれ組み合わせがある。だから、生地のオーダーによって使う糸も様々。
そんな糸を編み上げる、熟練の職人。手さばきは写真じゃ伝わらない。
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生地が織りあがる工程はコチラ。
篠原さんの想いを紡いだ記事があったので、併せてどうぞ。1つの生地が出来上がるまでの拘りが詰まっています。
話を聞きながら、デニム生地に対する愛を感じました。
株式会社NSG
デニム生地の縫製を手掛けるのが株式会社NSG。国内外の様々なオーダーに応える企業です。ここも、瀬戸内ファクトリービューで出会いました。
会社概要の中にある、良いなと思った一説。
以前、イタリアの縫製工場を視察した際スタッフの方皆がドレスを着て作業していたのを目にしたことがあります。不思議に思い尋ねた所、私たちはクリエイティブな仕事をしていて”いい服を作るのだから、いい服を知ってないとね”との返事が返ってきました。そういった感性をもった若い人が増える事により、新しい made in japan が構築されると確信しています。
引用:株式会社NSG会社概要
自分が綺麗だと思うモノをつくるって、ものづくりの神髄ですよね。
製造依頼に応えるため、扱うデニムや完成形の特徴によって使うミシンも異なるそうです。ヴィンテージをつくるには、ミシンもヴィンテージ。
出来上がった製品は日本国内だけでなく、ヨーロッパなど世界中で販売されています。
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名和さんは先日テレビに出演していました。新型コロナウイルスの影響はファッション業界にも及んでいるため、マスクや医療用ガウンの制作にも取り組んでいます。
名和さんが着けているマスクは、その名も「NAWA NO MASK」。撮影用に分けていただきました。2枚1セットで1,650円。
バリエーションも豊かで、手に取りやすい価格帯。それでいてデザインも記事の質感も良い。購入はコチラから行えます
つくりたい製品の様々な要望に応える、ジーンズ作りの神様みたいな存在。優しい人でした。
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では、いよいよ製品へ。
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